クライアントサイドへ転職

 

マーケティングリサーチャーにとってのクライアントサイドとエージェンシーサイド

転職して気付くギャップ

エージェンシーサイドでマーケティングリサーチャーとしてお仕事をされている方々と日々お会いする中で、クライアントサイド(事業会社)への転職を希望されるケースが多いということを今さら語るつもりはないが、その動機としては「安定した業界・企業で働きたい…」、「働き方を変えたい…」、「特定のブランドやプロダクトを担当したい…」、「マーケティングサイクルの中で調査の前・後工程を見てみたい…」などが挙げられる。もちろん当社では実際にそういった方をクライアントサイドへ転職支援させていただいた実績もある。

ただ、ここでお話しする本題は“クライアントサイドへ転職したものの、あらためてエージェンシーサイドへ戻りたい”というご相談を頂くケースもここ数年増えてきている、ということである。クライアントサイドを十把一絡げにして語るつもりはないが、意外にも特に大手の食品・飲料メーカー化粧品メーカー製薬メーカー流通小売企業へ転職したばかりの方々からお話をお聞きする機会がある。そこで、マーケティングリサーチャーとしてご活躍されている方がクライアントサイドへの転職を検討する上で、事前に押さえておくべき3つのポイントを参考にしていただきたい。

 1. Job Role

マーケティング活動における「コンシューマーインサイト」をどれほど重視して戦略的に投資しているか、という企業側のスタンスにもよるが、業界をリードするグローバルブランド、データドリブンなメディア・パブリッシャー、膨大な会員を組織化するキャリアといった一部の企業を除き、マーケティング部門におけるリサーチ担当の存在は旧態依然とした古い体質の組織ほど「アシスタント役」という側面が強い

したがって実際の業務においても、既定のフレームに従って調査を実施するためのコーディネーションやサプライヤーマネジメントといったルーチンワークが多くを占めることになる。

結果的に転職したことで働き方は変わったものの、エージェンシーサイドで培った高度な調査企画・分析力を活かせるシーンが少ないため、様々な業界のクライアントやブランドに対して裁量を持ちながらコンサルテーションインサイトを提供してきたプロフェッショナルにとっては、退屈あるいは窮屈に感じるのかもしれない。

 2. Job Transfer

基本的にプロフェッショナル採用を前提としている外資系企業の場合は良くも悪くも少し事情は異なるが、特に日本企業の場合は総合職である以上、配置転換や転勤といった定期的な人事異動は避けて通れない

実際に大手事業会社へリサーチ担当として転職したものの、数年かけてようやく職場に慣れてきたと思いきや、組織改編に伴う部署異動、あるいは事業再構築によるポジション廃止でグループ会社へ出向・転籍となり、本意ではないセールス職やカスタマーサポート職といった仕事に従事することになったというケースは珍しくない。

日本固有の和製英語である「サラリーマン」の宿命と言ってしまえばそれまでだが、特に組織の規模が大きく事業領域も広範にわたる大手企業に関しては、多くの事業部門・部署、拠点、グループ子会社・関連会社を抱えているだけに、そのぶん異動の機会と選択肢も多くなってしまうのかもしれない。

 3. Career Path

調査部門としてある程度の規模で単一組織化されている上記で述べたような一部の企業を除き、基本的にマーケティング部門の中に一機能・担当として組み込まれているケースが多く、企業規模によっては派遣社員を含めた数名で構成されるチーム体制の場合もあれば、1名単独で担当する場合もある。

例えば、マーケティングの中では花形と言われる「ブランドマネージャー」には、その後の「マーケティングマネージャー」、「マーケティングディレクター」、「CMO(最高マーケティング責任者)」といった目指すべきキャリアパスが概ね存在する。

対してマーケティングの中では傍流とも言えるリサーチ担当の場合、その業務の特殊性と限定的な守備範囲ゆえにキャリアパスはすぐに頭打ちになる構造になっており、必然的にピープルマネジメントを経験できる機会も少なくなるだろう。逆に言えば、特定の技術・技能に熟練した「職人」のように特に専門性が高い職種ということになる。


安定という幻想

なお、“安定した業界・企業で働きたい”というご意見に関しては、ここで少し触れておきたい。一昔前の一億総中流・右肩上がりの経済成長を謳歌していた頃には誰も想像していなかったはずだが、バブル経済崩壊以後に続いた大手金融機関の経営破綻、時代を読み違えた大手家電メーカーの凋落といった歴史が示している通り、特に経営環境の変化が著しい現代において安定した業界・会社など存在しない

学生の就職人気企業ランキング常連だったメガバンクはデジタル技術による効率化を進め、日本のお家芸として若かりし頃のスティーブ・ジョブズジェームズ・ダイソンが憧れたかつての家電メーカーは過去の栄光も影を潜めながら社運を賭けて事業ポートフォリオの再構築を進め、そしてこれからも人員削減を加速させていくだろう。GAFAの一角を占めるネット小売りの巨人・アマゾンでさえも“このままではいつか倒産する日が我々に訪れるだろう”とCEOのジェフ・べゾス自身が厳しい予想をしているぐらいだ。

そこで、今一度考えていただきたいことはお仕事をする上で何を大切にして、お仕事の中でどこに遣り甲斐を感じ、結果としてどう充実感や達成感を得ているのか?」ということ。

余談として、このテーマは人材紹介業界においても同じことが当てはまりそうだが、業界の構造や仕事の性質が異なるため、単純に比較ができないことを前提として申し上げておく。私が知る限り、この業界の最前線で人材紹介コンサルタントヘッドハンターとして活躍を続けている優秀なハイパフォーマーは、安定とは程遠い環境に身を置きながらも、その仕事の遣り甲斐や奥深さ、成果報酬といった魅力(というよりも惹きつけて離さない“魔力”に近い感覚)を細胞レベルで熟知している。したがって、クライアントサイドの人事部門へ採用担当として転職するという選択肢は、たとえ日本を代表する東証一部上場企業であっても、フォーチュン500にランクインする外資系企業であっても、まずあり得ないだろう。